ベロニカ学習帳。

文京なんちゃらのなれの果て

昨日、朝から生理痛にもだえるが、がんばって一人で千葉の実家へ。町のお祭りがあるので、もし父がちょっと見るだけでも行けそうだったら、最後に一緒に行きたいと思ったから無理してでも行ったのだが、父はかなり具合が悪いようで、全然それどころじゃなかった。結局、盆踊りといっても今日は前夜祭なので、出店とかも特になく、幼なじみが役員をやっているので、役員席でビールなどをいただいた。そうしてその後、なぜか初代町内会長(私たちを子供の頃から知っている)の家に拉致られて、飲まされる。とかいっても、自分からすすんで飲んでるんだけどさ。そこの家の息子さんが私の小学校時代の恩師と同級生だったりすることが判明し、その場で先生に電話をしてくれたんだが、なぜか先生は今入院中とのことだった。何が悪いのか分からないけど、大丈夫かね。その他いろいろと、私たちも知らないような思い出話がいっぱいあって、勧められると断れなくて酒もだいぶん飲んで、途中から記憶ないんだけど、なんだかセンチメンタルな感じになってしまい、家に帰ってから、いろいろつらくなって号泣した。
今日は幼なじみと約束をして朝から神輿に参加する予定が、寝坊。まじすまん。法被着て頭にはねじりはちまきなんぞつけて、格好だけは粋に決めた(と本人は思っている)ものの、途中からのろのろと参加する気恥ずかしさよ。お神酒をいただき、わっしょいわっしょい言いながら神輿の後を地味についていった。しかし、お昼休憩でしばらく座っていたら急に腹痛がよみがえってきてしまい、幼なじみに「家に帰って薬飲んでくる、またどっかで合流するよ」と言ってこっそり戦線離脱したが最後、結局そのあと夕方までずっと痛みにのたうちまわっていたため、完全にばっくれた形と相成りましたごめんなさい。結局、お神酒のみながら歩いてただけで、神輿には指1本触れてないし、何のために法被まで着たんだ私は。でまあ、夕方東京に帰るつもりだったけど、あまりに具合悪いので、今日も実家にとどまることに。弟1夫婦が小一時間ほど来ていたり、盆踊りは行かなかったけど母が屋台の焼きそばだけ買ってきてくれて食べたり、篤姫見たり、ラジバンダリ。両親の様子を見ていると、しばらく千葉で生活することを考えたほうが良い時期なのかもしれないなーと思った。