週報どころか季節報

週報でも書くかとか言って85日ぶりとかフフ。飛ぶように、夏が過ぎてったわ。

仕事は順調なような気もするけど、もはや忙しすぎてよくわからない。売上が忙しさに比例していないため、測れないのだ。金にはならぬが、ご縁は増えているもよう。いつか、いつかのためにと言って、5年くらいずっと人から人へ渡っているだけな気もする。

千葉の台風、実家はそこそこ大変だった。

Pがとつぜん中学受験する決意をした。周囲もそんな雰囲気になって、教えてもいない「偏差値」なんて言葉を使うようになったタイミングで、わりと近くで評判がよく、気になっていた学校の文化祭に行ったら、「自分に合いそう」と思ったみたい。私も、Pが中学生になったみたいな子がいっぱいおる、と思ったよ。その前の週に、もう少し難関の学校の文化祭にも行ったんだけど、そこは本当に賢そうな子ばっかりで(文化祭に来ている小学生すらみんな賢そう)、神が采配を間違えてPがこんなところに入ったら、6年間ついていくだけでも難しいんじゃないかというレベル。
ただし、受験を決意しただけで、勉強を始めるわけではないあたりがPクオリティ。やっぱり受験塾は必須?でも、行きたい学校は別に難関でもないんだ、かといってチョロいわけでもないけど。まあ中堅? のんびりしてて入れるとは思わないけど、そこまで必死にならなきゃ入れないとも思えないんだよな。甘いかな。
Pの仲良しグループの皆はたいがい中受するんだけど、中でもひときわ賢いTくんに色々受験のこと聞いてきなよって話したら、素直に聞いてきた。Pが受けたい学校も「まあまあいい学校だよ」と言われたと無邪気に喜ぶP。んで、Tくんはどこ受けるのかなーまあ当然御三家でしょうなーと思ってたら、まさかの灘中ですと。東京ですらなかった。

そうそう。私はといえば、以前からなんだか腰の調子が悪くて、整骨院なんかには行ってみたものの、なかなかよくならず。いよいよ整形外科に行って診てもらったところ、出産時にずれた骨盤が今さら悪さしていることが判明。思えば産後いろんな調子が悪くなったけど、年齢も年齢だし、産後は体質が変わるって言うしなーと、黙認していたのが悪かった。Pの産後は一応骨盤矯正も通ったんだけど、Qの産後はそんな暇もなかったしな。トコちゃんベルトなんかきれいなうちにと思ってヤフオク行きよ…

で、今さらリハビリ通いしているよ。産後の皆さんは、骨盤しっかり戻して下さいね。お願いだぞ!

中学受験するべきか否か

タイトルの通り悩んでいることを記録しておこう。

Pが小4になり、周りの子たちは気づけばみんな通塾を始めていたー!いやー、わかってるけどさ。小3の終わりから中学受験始まるよって散々聞かされてきたけどさ。でもやっぱ現実ベース、ついていけてない愚かな自分…

そもそも中学受験に対してあんまり前向きになれない理由、その①
私は実は中学受験のために通塾していて、でも結局「別にそんな学校行きたくないし」で受験をしなかった立場で、公立中から高校受験をしたのを正解だったと思うから。もちろん30年前の千葉と令和の東京では状況が違うってのはわかるけど、公立中に行ったからこそ、いわゆる底辺から上は結構上位な感じまでバラエティに富んだ知り合いがいて、彼らの人生、40過ぎたところで改めて見ると、結局幸せな人生を歩めるかどうかは本人の適正次第だって思う。どっちに転がっても、成功例も失敗例もある。

そもそも中学受験に対してあんまり前向きになれない理由、その②
私とは逆に、夫は通塾せずに中高一貫私立にしれっと入ってしまった人で。当然高校受験はなく、高校3年の半ばまで部活にいそしみ、ダメ元で受けた大学に受かって…と、まったく挫折することなく(といったら本人はたぶん否定するけど)生きてきたせいか、すげえ恵まれているのに、打たれ弱くて生きにくそうだとつくづく思うから。それは本人の資質の問題であって、中学受験のせいじゃないかもしれないけど…

そもそも中学受験に対してあんまり前向きになれない理由、その③
なんにせよ私は断然共学推しなので(これもやはり男子校育ちの夫が、女性についての認識がファンタジーすぎるところがあると思うから)(ただしPの場合は妹がいるのでその点少し違うかもしれない)、そもそも中受できる共学校が選択肢として少ないからあんまり興味が持てないというのも。

そもそも中学受験に対してあんまり前向きになれない理由、その④
現在住んでいる学区の公立中、ぶっちゃけ30年ほど前には荒れてどうしようもないことで有名だったらしいが、今はモデル校として区が力を入れてくれているため、そこそこ良い学校だし、都立高などへの推薦も結構あるらしいから。私自身、小学校のときは勉強「そこそこ」だったのが中学に上がってから「できる子」になったのもあり、Pも遅咲きなんじゃないかという淡い期待も込めて。

そもそも中学受験に対してあんまり前向きになれない理由、その⑤
P自身が、通塾したくない理由がはっきりしていて「遅い時間まで塾にいるなんてありえない」という。実はこの人、20時半には就寝して朝は5時半起きという完全朝型男で、現代社会に体がついていってないといえばそうなんだけど、逆にすごく正しい体内時計を持っている。睡眠の大切さを本能で知っているようなところもある。これを崩したくない。ただしこれについては、通塾無しで中受というルートが、まあ多くの人はあり得ないと思うだろうけど、選択肢としてはあるんじゃないかと思う。

だけどやっぱり中学受験したほうが良いんじゃないかと思う理由、その①
Pの仲良しダンスィーズは軒並み中受しそうで、地元の学校に行っても本人がつまらない思いをするのではないかという懸念。

だけどやっぱり中学受験したほうが良いんじゃないかと思う理由、その②
ほんのり、ここに受かるなら行かせてみたいなあと思えるような学校も、あるにはある。これがまた超難関というほどでもないから、ちょっと頑張ればいけるのでは?と思ってしまう…けど…まあそんなに甘くないんだろうな。

結論としては、まだ全然迷ってるというところなんだけど、現時点で小4の夏期講習も申し込みそびれた感じだし、どうなることやらだぜ。

タピオカ売りの少女

週報書くとか言っていきなり次の日も日記を書く私はやる気がありすぎて困る。
今日は子供らが卒園した幼稚園の夏祭りで、卒園して1年目のフレッシュ卒園生であるQは同窓会気分もあり、普段朝にまったく弱いくせに今日は早朝から「浴衣早く出して」と私を起こしに来るという気合いっぷり。

で、朝食後おもむろに浴衣を出してみたら、見事につんつるてんでワロタ。仕方ない、急遽買いに行って事なきを得る。
で、その後もいろいろあってあっという間に午後。卒園したのにまだ駆り出される私は、幼稚園へいってタピオカ売りと化したのだった。売るのはいいけど作る人は別で、なんかタピオカ茹でるの失敗したっぽくて、ちょっと大変だった。まあ作ったの私じゃないし、売れる分は全部売り切ったからいいや。
ところで、卒園してからようやく自分の時間ができて頑張ってダイエットした私。令和に入ってから禁酒していることも功を奏して、5kgほど落としたのだが(だけどまだ道半ば)、久々に会ったQさんの同級生ママたちから「卒園しても園行事に駆り出されてあんなにタピオカ売らなきゃいけないなんて…そりゃストレスで痩せるよねー」と噂されているらしいと聞かされて草。タピオカを売って同情されるって…

週報でも書こうかね

あれっていつのことだっけ、と思うことがあって久々に自分のはてダのログを探して、ちょっと読んでたら面白かったので(めっちゃ自画自賛)、だけど自分でも忘れていることばかりで、やっぱり日記を書こうと思ったね。つっても毎日は書けないから週1くらいでなんとかしていきたい。

はてなブログの空気を読まずに今週のことを書く。

■0708
パートの日。お昼は弁当持参。先週ずっと便秘だった恨みを晴らすような排出DAYであった…。昨夜見れなかった「あなたの番です」をTVerで観たあと録画も観て、ついったの考察たちを見て回った。トッキュウ4号(私のなかで横浜流星はいまだにこの呼び方…時間の流れに乗れてない)の人気がすごいわね。

■0709
仕事は休み。明日の出張講座の準備をしながら、録画の「いだてん」鑑賞。今回も泣く。シマちゃん先生の想い…!はーもう、ここんとこ、いだてんには泣かされっぱなしだわあ。他にも観たいドラマいっぱいあるんだけど、どれ観るか悩んでるうちにどんどん今期のドラマ始まってて1話を見逃しててつらい。夕方、ハーブティーお届けにいくついでに鳥新で焼き鳥を買ったりした。仲宿たのしい。

■0710
午前中、出張講座。ひさびさのメディカルハーブ検定対策講座。ハーブのマニアックな学術的な話をできるのは(検定対策でもなければ普段はみんな難しい話についてきてくれないので)たーのーしーいー。午後、生理痛で倒れる。夕食は冷凍のハンバーグで失礼させていただいた。あ、あと納豆の日だというので納豆オムレツだけは作ったった。

■0711
パートの日。セキュアブートの解除がなぜか上手くいかず、半日かけていろいろ難しい文章を読み漁って調べたけど、結果としては大した原因じゃなくて、ただ頭が重くなってドライアイが深刻化。お弁当を作る気力がなくお昼はドトールカルツォーネ ごろっとチキンと野菜のカポナータ、美味しかったよ。天気予報では夜から雨だったはずなのに昼から降ってて、しかしPがスイミングなので連れて行かなければならず、雨の中カッパ着て自転車。夫が夕飯いらないというし、帰りはそのまま中華やさんへ。Pは醤油ラーメンと半チャーハン、Qは鶏塩ラーメンと半チャーハン、私は麻婆豆腐定食だが私のごはんはPの胃へ。みんな腹ペコだというが結局完食できないボリュームだった。あ、でも美味しくて、しかも店の客は私たちだけだったけど、出前のスタッフが何度も行ったり来たりしていたので、今度は出前でいいよと思った。

■0712
Pが朝から具合悪く学校を休む。やはり雨の中自転車でスイミングが悪かったか?しかし今日はランチがてら打ち合わせの予定だったし、Pは赤子のころから具合悪くなるとひたすら寝る男なので、寝かせておいて(一応食事は用意して)打ち合わせへ。はーしかし梅雨長いなー。打ち合わせではマシンガントークに撃たれっぱなしの私ですが、まあ基本いつでもどこでも誰とでもそうなのでノー・ダメージ。肝心のハーブティーについての話は数分だったけど、向こうも「それは全面的におまかせ」とのこと。帰宅したらPは少し調子を取り戻したようで、明日から3連休で夏休みまであと4回しか学校にいけないと気付いて「学校行きたかった」と泣く。気づくのおせーわ!粗大ごみに、こたつ布団(もう何年もこたつ使ってない)と、ベビーチェア(現在は物置と化している)を出した。すっきりんこ。

変わったこと

はてなブログって何書けばいいんだろ。
気持ちはリハビリ。

うーんとね、そういえばここ一年くらい、お酒飲みたーいという気持ちが激減してきて、自分でも困惑している。えっこの私が?てなもんよ。

幼稚園で人に振り回され続けた3年間のうち特に前半は、酒飲まなきゃやってらんないことが多すぎた。1年半くらい経ってから、人に合わせるのがつらいんだと思って、舐められほんわかキャラをやめて、髪型も風変りにして、自我を通して生きることにした。

そんでもめんどくさい案件は後を絶たなかったけど、切り捨てるというスキルを身に着けたら、アルコール欲(というか、何かに酔いたい欲なんだと思う)も激減したよ。

まあ、飲まないわけじゃないけど。一緒に飲みたい人と、楽しく飲める時がたまにあれば、それでいいや。

はてダから移行されて初めてログインしてみた。

Pは小4に、Qもピカピカの1年生になった。

時間経ちすぎ。

なんとなく細く長く、もういいのかなと思ったりしながらも、つながる。

お久しぶりの吐き出し。
昔懐かしい知人からメッセンジャーで連絡が来て、「この人から連絡来るなんて誰か死んだ時ぐらいなのでは」と思ってメッセージ見たらほんとに共通の友人の訃報だったので凹んでいる。しかも、もう二年も前になくなっていたのだという。
亡くなった友人は、大学時代それなりにたくさんの時間を一緒に過ごした男友達の一人で、惚れっぽかった私にしては珍しく、この人にたいしての気持ちを恋愛的な意味だと勘違いしたことはなかったものの(むしろ今回連絡をくれた人のほうが色々あったんで、気まずい)、でもさ、なんか大好きだったんだよ。
向こうは私のこと、よくわからんが自分になついてくる犬みたいなもん、くらいにしか思ってなかったかもしれん。けど、それがまた良かった。実際私は、そんな感じで彼を好きだったのだから。
卒業してからも何回かは、みんなで集まる機会があって会ったけど、20年のうち2〜3回くらいかな。すごく親しかったグループとは別だったし、たしか向こうも結婚したと聞いた気がするし、あえて個人的に連絡したり会ったりすることはない。そうしたいと思ったことも。
だけど、今でも時々、本当に時々だけど、あいつ今頃どうしてるかなーと考えてた。そう思うくらいの人だった。
あれ、こうやって書き出してしまうと、なんだか薄っぺらくてもどかしいな。でも、私にとってはこれってたぶん、彼は少しだけ特別な存在だったのだと思う。
もともと会うこともなかったのだし、私が時々思いを馳せていた間にももうなくなっていたのだし、だったらそれは今後も変わらないので、私の中で彼は変わらず生きているといって良いのだけれど、それはそれで、現実との乖離がつらいなあ。ずっと会ってないのに、もういないっていわれると、信じられない。
ちゃんとお線香をあげて、ちゃんと泣いて、ちゃんと悲しんだら、良いのだろうか。気がすむだろうか。誰かと、彼についての思い出話でもしたら、現実味が出てくるのだろうか。よくわからないな。
今回この連絡をくれた知人の用件は、彼の写真を持っていないかということだった。私はよく一緒にいたし、よく写真を撮っていたから。
写真、あると思う。たぶん天袋に突っ込んだ、「黒歴史」って書かれた段ボールの中に当時のものが入ってる。高校から大学時代って、最高に調子のってて怖いもの知らずで楽しかったけど、あとからふりかえればふりかえるほど痛くて恥ずかしい時期でもあるので、あれを繙くのはこわいんだよ正直。
でも、あの頃を一緒に過ごした君を、探さなきゃね。ちゃんと思い出して、そしたらちゃんと、現実と向き合おう。