ベロニカ学習帳。

文京なんちゃらのなれの果て

岡崎体育さんの活休について

 

 

これ。

岡崎体育活動休止のお知らせ

あのね。

正直「えーーーーん体育さん寂しいよ心配だよ元気でいてほしいよおおおお」というのが本音ですべて。なのだが、そんな5歳児みたいな感じではもう通用しない51歳なので、思うところ書くよ。

 

はっきりと好きになって5年くらい、ファンクラブに入って2年くらい経った。10周年を迎える岡崎体育の、少なくとも後半はかなりちゃんと見てきた。(それまでももちろん結構認識はしていたしSNSはフォローしていたので、実質もっと見てはいる)

そんな中で、岡崎体育はすごくファニーで笑顔のかわいい、そして喋ればすごく面白い、そして瞬発力のある頭の良い人だという一般的なイメージはそれはそれで本物でありながら、その反面、実はいつも一生懸命で悩んでもがいてえづきながらものを生み出す人なんだろうなと認識していて、だけどそれだからこそ私はこの人が好きで。ああこの人すごく人間だぁ、って愛おしさを募らせていた。なんなら烏滸がましいけれど、自分と同じ側の人間なんだろうなというか、…いやホント烏滸がましいな。でも表面上の器用なマルチプレイヤーぶりと、水面下で常に動かし続けている部分とのバランスがすごく良くわかって。いや器用なマルチプレイヤーだからこそ水面下でも休みなく動けちゃうんだよねっていう。

私もそういうところはあるけれど、割とすぐに「あーもう無理」という信号を受け取って休んじゃうタイプの人間で、だけど昨年の後半から今年の春先までは信号を受けとりながらも「今休むわけにはいかない」という状況が続いていて、結局4月末にカラダを壊した。つまり私のようにカラダのほうが脆弱ならばココロより前にカラダを壊して強制的に休まざるを得ないわけだけど、これなまじカラダが丈夫な人だと、もっともっと無理できちゃうわけよ。で、ココロが先にダメージを受けちゃう。ということなんじゃないかと思ってる。

思えば24時間作曲合宿とか、情熱大陸とか、9連組手とか、昨年は10周年を目前に、ものすごく自身を追い詰めていたと思う。そうすることで、何かをなし遂げようとしていたのではないかと。がむしゃらに。

私、以前体育さんのことを「案外低めの自己肯定感」って表現したのだけど、これは自己肯定感が低いと言っているわけではなく、現時点でも充分すごいことを成し得てる人なのに、本人は全然それでは満足しなくて、もっと大きな目標というか理想というか野心?をずっと忘れずに上を見続けている情熱家だということだ。

私はその情熱に憧れて、私もそうなりたいと思い、だから体育さんももっともっと!と焚きつけるファンの一人になっていたかもしれない…と今は少しだけ反省している。まあ、少しだけね。だって、焚きつけられてなくてもきっと本人はもっと上を目指していた気もするから。

名曲のエクレアは、まさにそんな体育さんが凝縮された1曲だなあ、と。

www.youtube.com

壁にぶつかってもまた立ち上がれる日が来る。その日を気長に待ってます。

いい曲はいい人とともに。

てかね、20年くらい前に好きだったミュージシャンが逮捕、再逮捕で絶望したことのある身としては、犯罪でもないし恥ずかしいことじゃないし、もうぜんぜん穏やかな気持ちで待てるってもんよ。岡村ちゃんもいまや良い感じに復活してるからね。そういう経験があるから、もう絶望はしない。

ココロとカラダの栄養をしっかり取って、また会えますように(あー私のハーブティー送ってあげたい!)。

50→51

やーーべーーーーー51さいになってしまいました。51つったら3×17じゃん。17歳(Pは早生まれだからまだ16歳だけど高2だから17歳の学年)の3倍生きてるってことじゃん。てか自分の高校時代がもう人生の最初3分の1のところになってるってことじゃん。

あんまり年齢に対する想いって特になかったというか、50になる前くらいまで自分の年齢忘れ始めてたくらいだったのだけど、自分の書類に51歳とか書かれてるのを見るにつけ「51wwwwww」みたいな感じで草生やしている。なんかこのノリ全然伝わらないと思うんだけど、つまるところ、どうやら自分が51歳であるということは私にとっておもしろいことらしい。知らんけど。

そんな陽気に過ごしているようでいて、実はここ半年ほど本当に本当にヤバ忙しくて、前回の投稿では「そろそろぐーたらモードに入りたい」と書いたわけだが、ぐーたらモードに入る前にカラダを壊しました。と言っていいのかね。

最初は4月の終わりになったぎっくり腰? 今思うとぎっくりじゃなかったのかもしれない。とにかく腰が痛くて動けない日があって、でもそれは2~3日安静にしていたらなんとか治まった。と思ったら1週間後くらいに同じ場所にまた激痛が。これがもー、寝ても起きても、動いても止まっても何してても何もしてなくてもとにかく痛い。それでも息絶え絶えにリモートワークを17時までこなして、夕方やっとこ近所のクリニックへ行ったところ、レントゲンやらエコーやらいろいろ見てくれて、その結果どうやら尿管結石っぽいことが判明。泌尿器科への紹介状をもらって、翌日さっそく泌尿器科のある少し大きい病院へ行ってCTを撮ったところ、結石はたしかにあるっぽいけど医師が「うーん、たぶんこれかなー」というくらいの微妙なものであった。医師いわく問題は「子宮筋腫とか指摘されてない?子宮が尿管を圧迫してるから、それが詰まりの原因になっているかも」とのこと。キターやっぱり婦人科ー。ずっと酷い生理痛と貧血で悩まされてきて、でもきっと閉経すれば自然とよくなると信じてきたけれど、少し不順気味になってきたもののまだ普通に生理あるし痛いしつらいし貧血もよくならんし、もうこれが私の50歳最後に向き合わなければいけないことなのかも。と思って、婦人科行ってきた。子宮筋腫は7cmくらいにお育ちになっており、それ自体はすごく大きいというほどでもないけど小さいものでもないが、外科的な治療も選択に入ってくる。最近主流のミレーナやジエノゲストでも改善はみられると思いますよ、よく考えてきて選んでください。と言われ。服薬がずっと続くのは性格的に無理だと思うのでジエノゲストは却下。ミレーナは気になってたけど筋腫が小さくなるわけではないとのことだし、実は婦人科でエコーを見てわかったのは、筋腫だけでなく子宮本体も肥大しており、通常は鶏卵くらいの大きさのものが10センチ台になっているということ。それもひっくるめて尿管を圧迫するような状態になっているのだから、やっぱりミレーナではダメなのでは?というわけで、子宮全摘を希望してまた大きい病院に紹介状を書いてもらったところ。もう子供産むわけじゃないし、全摘も色々大変だけど子宮がんのリスクは当然なくなるし、悪いことばかりじゃないよ!と思って私は前向きに検討してますが、紹介状を書いてもらった大きい病院の予約がやっぱりすぐ取れなかったので、ここからどういうふうに進むのかはわからない。

と、まあ50代らしく健康の話ばかりになってしまったわい。まあ基本的に毎日具合わるいなーと思うけど(月に1回ぐらいは、何の問題もなく絶好調な日ってのもある)、それが平常運転で今は特に悩んでもいないかな。毎月生理のたんびに人としてダメになるのがなくなるなら、それに越したことはない。

仕事は一旦すこし落ち着かせたけど、全然落ち着いてないというか、おかげさまで色々と忙しくさせてもろてます。昨年の今頃「そういうのを全部自分一人でやろうとしてるからいつまでもスモールビジネスの儘なんじゃよ」と書いたけど、一人でやらない方向で色々なことがようやく動き出して、先日キックオフとなった。うまくいけばビッグビジネスというか、それは儲かるとかじゃなくて意義的に?存在として?みたいな。そういう可能性を大いに孕んでいて、とても楽しみでもあるけど、やっぱりずっと一人でやってきたからちょっとムキーと思うこともあったりする。そういうのも今は楽しいかな~。

またQのクラスでPTA役員になってみたり、部活関係も相変わらず活発で、親同士の交流でいろんな情報が入ってきたり。Pは学校の中でやってくれている塾みたいなシステム(一応、某大手個別指導塾が運営しているもの)(塾に行くことを考えたらものすごく安いし、21時まで学校で自習することが許される)に入って、ちょっとばかし勉強も頑張るようになった。

なんかもしかしたら今、うちの家族の一番いい時なのかもしれない。私が実家のことを思い出すときって、やっぱり自分が高校生ぐらいで弟が中学生、小学生で、父も母も犬も元気で、みたいな状況のものだったりするのだけど、私が将来もっともっと齢をとって思い出す家庭の壮年期だったり、PやQがこの家を出て自立してから思い出す「実家」像って、今なんじゃないかなとふと思った。PもQも人間として語り合えるようになって、でもまだ親の庇護が必要な未熟さもあり、幸いそこまでキツイ反抗期はなく(まったく反抗期がないとは言わない)、兄と妹の仲も悪くないというかお互いきちんと敬意を持っていて、まあ夫婦仲はアレだけど一定の距離を保っていれば問題ないし、みんな良い関係である。と。思ってる。将来思い出すために、ではないけど、今はこういう状態をキープしたいな。というのが、51歳の抱負ってことで。

リフォームしたよ

どっどど怒涛と怒涛と怒涛…てかんじの2月後半から3月を走り抜け、なーんかその間にリフォームの打ち合わせとかローン(半額分)の申し込みとかやりました、Pが塾に行くと言い出したので(色々検討したけど結局は学校内でやってくれてるやつ。市価とくらべればべらぼうに安く、レベルはどうか知らんけど一応母体は大手個別指導塾がやっていて、Pとしては自習室が思う存分使えればあとは特になにも求めないらしいので、もうそれでいいやと…)その入塾面談やら申し込みやらもこなしました、てか普通に仕事がどちらも忙しくやたら打ち合わせを重ねました、そんな毎日の中で風邪をひいて鼻が利かなくなったりもしたけれど、私は元気です(今は)。

そんで本日、念願のリフォーム完了!きっちり3日かかったけど、トイレもお風呂も洗面所も生まれ変わったーぃ。やっぱり新しいってそれだけで最強だな!私はもし宝くじが当たったら、間違いなくこの家をスケルトンリフォームすると心に決めました。今の場所も捨てずに、新しい家を手に入れることができるって何よそれ最高じゃん!というテンション。まあ、宝くじはそもそも買わないわけだが。

そんな大忙しのさなか、学校から一通のお手紙がぺろっと届き。何かと思って見てみたら、なんと、Pが今年奨学生に選ばれたと。まじか、でかしたー!

しかし奨学生なんてなると思ってなかったから、なったらどうなるかをよくわかっておらず(お手紙には新学期以降説明しますと書かれていた)きっと学費免除だそうに違いないと期待をしているのだけど、毎月図書券1000円分とかだったらどうしようwなどとココロに保険をかけている。果たして、どうなるか。ちなみに学費免除をされたとて、今年は花の高校2年生ですので、修旅があるよ。海外だよ。大金を払うよ。こんな年に奨学生で良かったよ…。来年も奨学生だったら大学の受験資金が潤沢になるなー(すでに取らぬ狸の皮算用)(奨学生じゃなくても受験資金は潤沢に準備すべき)。

Qさんも選抜クラスに上がれて、二人とも勝手に頑張ってくれているので、まだまだ子供にお金はかかるけど、私はもう私の好きなように生きられそうです。半年くらい忙しい日々が続きすぎたので、そろそろぐーたらモードに入りたい。

リフォームしようよ

早いもので、今のマンションで暮らし始めてもうすぐ20年。築10年ほどで買った中古なので、築30年近くなる。買ったときはまだきれいだったので、気分的に壁紙と畳の表替えくらいで入居してしまったのだが、さすがに水回りがそろそろね…と思い始めてもう5年くらいする。

リフォームするか、思い切って引っ越すか。むちゃくちゃ正直に言うと、今のマンションは3000万円台で買った(売主が売り急いでいたのもあって2007年当時としてもだいぶ破格だった)。3線4駅が徒歩10分以内、スーパーコンビニなんでもあり、20分歩けば山手線駅にも歩けるようなこのロケーション(の割には、案外閑静)。今買ったら、築30年近くても買ったときの倍くらいは値がつくらしい。今より広く使い勝手の良い家に住みたいという気持ちは、ずっとある。今売れば、買ったときの倍になる。ならば。と思うけど、買ったときの倍のお金が手に入ったとて、今や7000万ぐらいでは、この辺では今より大きな家にはとても住めないのである。近所の築15年のマンション、うちと同じくらいの広さで1億3000万だった…

というわけで、ずっと迷ってここまできてしまったけれど、なんかもう今さら引っ越すのも、というくらい引っ張ってしまっていた。子供たち、巣立ちにはまだまだ何年もあるけれど、それでも10年くらいしたら二人とも独立するだろう。もし今、広さを求めて郊外に引っ越したところで、10年後に今より不便な場所に大きな家だけ残されて、子供たちもいなくなって何が楽しいの?という状況になってしまったので、

お風呂と洗面所とトイレをリフォームすることにしたよー!

本当はフルリノベもしたいところだが、5年後にキッチン、10年後に床と壁と天井、もしかしたら少し間取り変更も。ぐらい緩やかな計画でやっていきますわ。

リフォームの可能性を考えてつつましく貯金してきたが、どうなるかわからないと思っていたのであまり一生懸命貯めておらず、ぜんぜん足りないわー。まだまだ学費とかも払っていかなきゃいけないし、いい歳して手元にまとまった金額がなくて何か困ることがあったらアレだということで、リフォーム貯金以外の預金はくずさずに。リフォーム貯金分を頭金にして、後はローン。今まで貯金してきたぐらいの金額ペースで返済し、3年ほどで払い終わる予定。その後はキッチンのリフォームも同じペースで貯金→リフォーム→ローン、かな。次のリフォームも。おわらんな。

でもまあ、こういう状況になれば、仕事頑張ろうと一応は考えるくらいの気持ちは持てるし、なにしろリフォームする以上引っ越しという路線はハイ消えたー!という、選択肢を一つ消去できたことによるすっきり感はありますね。QOLは絶対上がるわけだし、今はとっても良き気分。

ま、いつまで続くかわからないけどな…

真矢の訃報に

真矢も行ってしまった。LUNA SEAは高校時代の一時期、メジャーデビューするかしないかぐらいの頃にほんとよく聴いてたな。ライブにも行ったな。っていうか脳腫瘍という言葉が出てきた時点で(その前に大腸がんという話があったのでおそらく転移性ということがわかり)、父のことを思い出して、おそらくもう長くないだろうなって思ってしまっていた。父も、転移性脳腫瘍が見つかってから1年もたなかった。あれから18年ほど経つけれど、今もまだそれは治療できない病気なのだろう。

私は父が60歳、義母が59歳でどちらも癌で亡くなっているのを見ているので、誰もがあたりまえに還暦過ぎまで健康に生きられるわけではないという焦燥感をとても強く持っている。もちろん年齢関係なく病気になる人、なくなる人、いる。30代で亡くなった友人だって、少なからずいる(いや少なからずってことはないけれど)(案外、ぐらいの感じか)。でも、50代後半っていう年齢はそれとちょっと違うというか。60歳を超えるというのはひとつのボーダーというか。「老人は元気」というのは生存者バイアスであって、何事もなく無事に還暦を迎えられた人だけが、元気な年寄になれるだけなんじゃないか。で、その前になにか恐ろしげな、関門のようなものがある(ように感じてならない)。

自分はなんとか健康に努めてその関門をうまいこと乗り越えて生き延びたとしても、周りがみんなそうできるわけではないとも思ってる。だから、同窓会に来る人の人数は、これからどんどん減っていく。それを、もう覚悟している。

だから昨年50歳を迎えて、これはもうやらなきゃいけないと思って、実はもう始めている。子育てなどを理由に長年会えなかった人との再会。2月に一人と会えたのを皮切りに、3月、4月も再会の約束を予定している。5月以降も、月に1人ペースで焦らずゆっくり、でも着実にサシでちゃんと会って、向き合って話をしたいと思っている。すごく、そういう衝動が強い。やっぱ私が死ぬのかな…いや、生きる。

いずれ、あなたにも会いたいと思ってるよ。生きて、会いましょう。

岡崎体育10周年の企画提案

2月11日 LIVE OT WORKS(ライブレポは大阪ライブ前なので控えるけれども)にて、MC中に「10周年何してほしい?」という問いかけがあり。みんな面白いことを言ってたので、そのなかで叫ぶにはだいぶ言いたいことがありすぎるので(←めんどくさい人)ここにしたためる。こんなネットの僻地に書いても届かないかもしれないけど、届くと良いなと思う。

私の企画提案は、体育さんが書いた合唱曲をお財布さん*1みんなで合唱する!という、けっこう壮大なものになります。

ここには、体育さんにもうひとハネしてもらってもっと世間から評価されて欲しいとか、これから生まれるものすごいヒットソングを引っ提げて紅白に出てほしいとか、いろいろな狙いがありますが、きっかけとしては「リボン」という曲の存在、そして体育さんと綾子さんのハーモニーが素晴らしすぎて、そんな折に子供の中学校で合唱祭があったこと。うわー子供たちが「リボン」歌ったら親みんな号泣だなーって想像しただけで泣けたから、でした。

www.youtube.com

でも「リボン」はもともとスポンサーありきの曲なので、それをそのまま合唱曲に!とかは難しいのかな…?もういっそ、Nコンの課題曲作る仕事がくればいいのに…!とか思っていたのですが、そこに「何してほしい?」という問いがきて、「じゃあこれをぜひ!」と思った次第。

イメージ的には、最初はお財布さんからオンラインで歌ってくれる人を集める。それを編集して、動画アップする。良い曲であれば、必ず「自分も歌ってみたい」という人が現れる。やがてその輪が広がっていって、誰もが参加できるオンライン合唱というムーブメントに。ネットからじわじわ広がるのは岡崎体育っぽい。

そうしてお財布さんに限らず「歌ってみた」という人が増えていって、もはや「え、これって岡崎体育の曲なの?」っていう人が出てくるくらい曲が定着したところで、ホールでお財布さん一堂に会して、みんなで歌おう、みたいな。そういう一連の動きをまとめた動画がバズる、みたいな。(集まるのは紅白という舞台でもいいな~)

ま、妄想に過ぎないと言えばその通りで、簡単ではないと思うし、そうトントンとうまくいくとも思ってないけど、こんなに良い曲を作れる体育さんがいて、それを推してる(もっと世間に認められてほしいと思っている)お財布さんたちがいて、みんなでムーブメントを作っていってその先に紅白出場まであると思ったら、これほど夢のある話もない。

誰も見ていないブログで言霊というほどの効力はないかもしれないけれど、ここにこんなことを考えている人がいるという証しを残しておきます。

*1:岡崎体育のファンクラブはWalletsといいます

年収増減

自分用メモなんですが。

前回のエントリーで「②総年収を1.5倍にする→多分行けたんじゃないかな」というようなことを書いたのだが、全然だったわ。1.2倍。あんなに頑張ったのに?と思ったけど、考えてみたらQの中学受験と子供たちの卒業入学が落ち着くまでは力の限りセーブしていたのだから(んで、そのフィナーレに台湾行ったよね)、実質2025年は後半しか頑張ってないのだった。結果、売上は1.25倍程度。しかも事務所を借りたぶん経費が膨らんで、事業所得としては前年比むしろマイナスだけどそれは仕方ないし、ある意味節税対策と思ってる。パートのほうの収入は上がったので(これも、一昨年は4月まで扶養内で働いていたため、2024年は前半の稼ぎがだいぶ少なかっただけ)、確定申告で結構返ってくる気がしてる。

あとね、今年の目標もうひとつ。髪を下ろす(ことに慣れる)!

多毛剛毛ですぐ爆発する髪質だったので、生まれてこのかたずっと短くするかまとめるかの二択でやってきたけど、50を過ぎてようやく少し量とハリが落ち着いたから、やっとできる挑戦。そして、なんでか年とると髪を短くする女性が多いのだけど、その風潮にはレジスタンスなので、今更ロングヘアを目指してみる。そのために美髪活動はしていきたい。ただしロングヘアに飽きたらその時点で終わりやでー。