ベロニカ学習帳。

文京なんちゃらのなれの果て

リフォームしたよ

どっどど怒涛と怒涛と怒涛…てかんじの2月後半から3月を走り抜け、なーんかその間にリフォームの打ち合わせとかローン(半額分)の申し込みとかやりました、Pが塾に行くと言い出したので(色々検討したけど結局は学校内でやってくれてるやつ。市価とくらべればべらぼうに安く、レベルはどうか知らんけど一応母体は大手個別指導塾がやっていて、Pとしては自習室が思う存分使えればあとは特になにも求めないらしいので、もうそれでいいやと…)その入塾面談やら申し込みやらもこなしました、てか普通に仕事がどちらも忙しくやたら打ち合わせを重ねました、そんな毎日の中で風邪をひいて鼻が利かなくなったりもしたけれど、私は元気です(今は)。

そんで本日、念願のリフォーム完了!きっちり3日かかったけど、トイレもお風呂も洗面所も生まれ変わったーぃ。やっぱり新しいってそれだけで最強だな!私はもし宝くじが当たったら、間違いなくこの家をスケルトンリフォームすると心に決めました。今の場所も捨てずに、新しい家を手に入れることができるって何よそれ最高じゃん!というテンション。まあ、宝くじはそもそも買わないわけだが。

そんな大忙しのさなか、学校から一通のお手紙がぺろっと届き。何かと思って見てみたら、なんと、Pが今年奨学生に選ばれたと。まじか、でかしたー!

しかし奨学生なんてなると思ってなかったから、なったらどうなるかをよくわかっておらず(お手紙には新学期以降説明しますと書かれていた)きっと学費免除だそうに違いないと期待をしているのだけど、毎月図書券1000円分とかだったらどうしようwなどとココロに保険をかけている。果たして、どうなるか。ちなみに学費免除をされたとて、今年は花の高校2年生ですので、修旅があるよ。海外だよ。大金を払うよ。こんな年に奨学生で良かったよ…。来年も奨学生だったら大学の受験資金が潤沢になるなー(すでに取らぬ狸の皮算用)(奨学生じゃなくても受験資金は潤沢に準備すべき)。

Qさんも選抜クラスに上がれて、二人とも勝手に頑張ってくれているので、まだまだ子供にお金はかかるけど、私はもう私の好きなように生きられそうです。半年くらい忙しい日々が続きすぎたので、そろそろぐーたらモードに入りたい。

リフォームしようよ

早いもので、今のマンションで暮らし始めてもうすぐ20年。築10年ほどで買った中古なので、築30年近くなる。買ったときはまだきれいだったので、気分的に壁紙と畳の表替えくらいで入居してしまったのだが、さすがに水回りがそろそろね…と思い始めてもう5年くらいする。

リフォームするか、思い切って引っ越すか。むちゃくちゃ正直に言うと、今のマンションは3000万円台で買った(売主が売り急いでいたのもあって2007年当時としてもだいぶ破格だった)。3線4駅が徒歩10分以内、スーパーコンビニなんでもあり、20分歩けば山手線駅にも歩けるようなこのロケーション(の割には、案外閑静)。今買ったら、築30年近くても買ったときの倍くらいは値がつくらしい。今より広く使い勝手の良い家に住みたいという気持ちは、ずっとある。今売れば、買ったときの倍になる。ならば。と思うけど、買ったときの倍のお金が手に入ったとて、今や7000万ぐらいでは、この辺では今より大きな家にはとても住めないのである。近所の築15年のマンション、うちと同じくらいの広さで1億3000万だった…

というわけで、ずっと迷ってここまできてしまったけれど、なんかもう今さら引っ越すのも、というくらい引っ張ってしまっていた。子供たち、巣立ちにはまだまだ何年もあるけれど、それでも10年くらいしたら二人とも独立するだろう。もし今、広さを求めて郊外に引っ越したところで、10年後に今より不便な場所に大きな家だけ残されて、子供たちもいなくなって何が楽しいの?という状況になってしまったので、

お風呂と洗面所とトイレをリフォームすることにしたよー!

本当はフルリノベもしたいところだが、5年後にキッチン、10年後に床と壁と天井、もしかしたら少し間取り変更も。ぐらい緩やかな計画でやっていきますわ。

リフォームの可能性を考えてつつましく貯金してきたが、どうなるかわからないと思っていたのであまり一生懸命貯めておらず、ぜんぜん足りないわー。まだまだ学費とかも払っていかなきゃいけないし、いい歳して手元にまとまった金額がなくて何か困ることがあったらアレだということで、リフォーム貯金以外の預金はくずさずに。リフォーム貯金分を頭金にして、後はローン。今まで貯金してきたぐらいの金額ペースで返済し、3年ほどで払い終わる予定。その後はキッチンのリフォームも同じペースで貯金→リフォーム→ローン、かな。次のリフォームも。おわらんな。

でもまあ、こういう状況になれば、仕事頑張ろうと一応は考えるくらいの気持ちは持てるし、なにしろリフォームする以上引っ越しという路線はハイ消えたー!という、選択肢を一つ消去できたことによるすっきり感はありますね。QOLは絶対上がるわけだし、今はとっても良き気分。

ま、いつまで続くかわからないけどな…

真矢の訃報に

真矢も行ってしまった。LUNA SEAは高校時代の一時期、メジャーデビューするかしないかぐらいの頃にほんとよく聴いてたな。ライブにも行ったな。っていうか脳腫瘍という言葉が出てきた時点で(その前に大腸がんという話があったのでおそらく転移性ということがわかり)、父のことを思い出して、おそらくもう長くないだろうなって思ってしまっていた。父も、転移性脳腫瘍が見つかってから1年もたなかった。あれから18年ほど経つけれど、今もまだそれは治療できない病気なのだろう。

私は父が60歳、義母が59歳でどちらも癌で亡くなっているのを見ているので、誰もがあたりまえに還暦過ぎまで健康に生きられるわけではないという焦燥感をとても強く持っている。もちろん年齢関係なく病気になる人、なくなる人、いる。30代で亡くなった友人だって、少なからずいる(いや少なからずってことはないけれど)(案外、ぐらいの感じか)。でも、50代後半っていう年齢はそれとちょっと違うというか。60歳を超えるというのはひとつのボーダーというか。「老人は元気」というのは生存者バイアスであって、何事もなく無事に還暦を迎えられた人だけが、元気な年寄になれるだけなんじゃないか。で、その前になにか恐ろしげな、関門のようなものがある(ように感じてならない)。

自分はなんとか健康に努めてその関門をうまいこと乗り越えて生き延びたとしても、周りがみんなそうできるわけではないとも思ってる。だから、同窓会に来る人の人数は、これからどんどん減っていく。それを、もう覚悟している。

だから昨年50歳を迎えて、これはもうやらなきゃいけないと思って、実はもう始めている。子育てなどを理由に長年会えなかった人との再会。2月に一人と会えたのを皮切りに、3月、4月も再会の約束を予定している。5月以降も、月に1人ペースで焦らずゆっくり、でも着実にサシでちゃんと会って、向き合って話をしたいと思っている。すごく、そういう衝動が強い。やっぱ私が死ぬのかな…いや、生きる。

いずれ、あなたにも会いたいと思ってるよ。生きて、会いましょう。

岡崎体育10周年の企画提案

2月11日 LIVE OT WORKS(ライブレポは大阪ライブ前なので控えるけれども)にて、MC中に「10周年何してほしい?」という問いかけがあり。みんな面白いことを言ってたので、そのなかで叫ぶにはだいぶ言いたいことがありすぎるので(←めんどくさい人)ここにしたためる。こんなネットの僻地に書いても届かないかもしれないけど、届くと良いなと思う。

私の企画提案は、体育さんが書いた合唱曲をお財布さん*1みんなで合唱する!という、けっこう壮大なものになります。

ここには、体育さんにもうひとハネしてもらってもっと世間から評価されて欲しいとか、これから生まれるものすごいヒットソングを引っ提げて紅白に出てほしいとか、いろいろな狙いがありますが、きっかけとしては「リボン」という曲の存在、そして体育さんと綾子さんのハーモニーが素晴らしすぎて、そんな折に子供の中学校で合唱祭があったこと。うわー子供たちが「リボン」歌ったら親みんな号泣だなーって想像しただけで泣けたから、でした。

www.youtube.com

でも「リボン」はもともとスポンサーありきの曲なので、それをそのまま合唱曲に!とかは難しいのかな…?もういっそ、Nコンの課題曲作る仕事がくればいいのに…!とか思っていたのですが、そこに「何してほしい?」という問いがきて、「じゃあこれをぜひ!」と思った次第。

イメージ的には、最初はお財布さんからオンラインで歌ってくれる人を集める。それを編集して、動画アップする。良い曲であれば、必ず「自分も歌ってみたい」という人が現れる。やがてその輪が広がっていって、誰もが参加できるオンライン合唱というムーブメントに。ネットからじわじわ広がるのは岡崎体育っぽい。

そうしてお財布さんに限らず「歌ってみた」という人が増えていって、もはや「え、これって岡崎体育の曲なの?」っていう人が出てくるくらい曲が定着したところで、ホールでお財布さん一堂に会して、みんなで歌おう、みたいな。そういう一連の動きをまとめた動画がバズる、みたいな。(集まるのは紅白という舞台でもいいな~)

ま、妄想に過ぎないと言えばその通りで、簡単ではないと思うし、そうトントンとうまくいくとも思ってないけど、こんなに良い曲を作れる体育さんがいて、それを推してる(もっと世間に認められてほしいと思っている)お財布さんたちがいて、みんなでムーブメントを作っていってその先に紅白出場まであると思ったら、これほど夢のある話もない。

誰も見ていないブログで言霊というほどの効力はないかもしれないけれど、ここにこんなことを考えている人がいるという証しを残しておきます。

*1:岡崎体育のファンクラブはWalletsといいます

年収増減

自分用メモなんですが。

前回のエントリーで「②総年収を1.5倍にする→多分行けたんじゃないかな」というようなことを書いたのだが、全然だったわ。1.2倍。あんなに頑張ったのに?と思ったけど、考えてみたらQの中学受験と子供たちの卒業入学が落ち着くまでは力の限りセーブしていたのだから(んで、そのフィナーレに台湾行ったよね)、実質2025年は後半しか頑張ってないのだった。結果、売上は1.25倍程度。しかも事務所を借りたぶん経費が膨らんで、事業所得としては前年比むしろマイナスだけどそれは仕方ないし、ある意味節税対策と思ってる。パートのほうの収入は上がったので(これも、一昨年は4月まで扶養内で働いていたため、2024年は前半の稼ぎがだいぶ少なかっただけ)、確定申告で結構返ってくる気がしてる。

あとね、今年の目標もうひとつ。髪を下ろす(ことに慣れる)!

多毛剛毛ですぐ爆発する髪質だったので、生まれてこのかたずっと短くするかまとめるかの二択でやってきたけど、50を過ぎてようやく少し量とハリが落ち着いたから、やっとできる挑戦。そして、なんでか年とると髪を短くする女性が多いのだけど、その風潮にはレジスタンスなので、今更ロングヘアを目指してみる。そのために美髪活動はしていきたい。ただしロングヘアに飽きたらその時点で終わりやでー。

2026年、どうなりますことやら

そんなわけで、今年も無事新年を迎えました。年越しの準備もろくにしてなかっただけあって、新年の自覚もないな。新年の自覚ってなんだよ。

まずは昨年の抱負の反省会をする。

①体重を8kg以上落とす→1kgたりとも落とせなかった…!いやー更年期やばい(都合の悪いことは全部更年期の所為である)。更年期なのに現状維持できただけで偉いってことにする?いや、もう少し頑張りたい。
②総年収を1.5倍にする→確定申告してみないと具体的な数値はわからないけど、これは多分行けたんじゃないかなと思っている。それぐらい働いたと思う!とか言って全然行けてなかったら、かなC…
③今年こそひとり旅するagain→旅と言えるかわからんが1日弾丸清澄白河行ったし、1人じゃないけど台湾行って(むこうに着くまでは1人だったし)冒険した実感は残った!やっぱり旅は大事。
④新しい世界に踏み入れてそこで友達を作る→起業塾がそれだった。異業種というか違う世界を知る人たちとの交流は楽しい。そして「友達」みたいな感じにもなれたと思う。友情はこれから育むのよ。
⑤ハーブの無農薬栽培を始めて来年には商品化できるようにする→一応これも始めた!そして商品化にはまだだけど、試作品を作るぐらいのところまで行けた!今年はさらに進めたい。
⑥PかQのクラスでPTA役員になり新しいママ友を作る→有言実行!新しいママ友もできた。

ということで6個中4.5くらい達成。昨年と比べると素晴らしい達成率!そして2023年は周りに振り回されていた、2024をその反動で閉じていたと総評したけど、2025は振り回されず、でも自分のペースで(ちょっと無理して)動き続けていた1年だったかなと思う。

まあそのぶん、特に後半ちょっと体が悲鳴をあげていた感じがするので、2026は体をだいじにしていきたいということで抱負はこんなかんじ。

①体重を8kgとは言わないから6kgくらい落とす!

②総年収をさらに1.5倍ドン!

岡崎体育じゅっすANNIVERSARYをめちゃくちゃ祝う

④フレンチのコース料理を食べる(みたいな特別なご馳走を食べる機会を作る)

⑤ビジネス的に新しい一歩を必ず踏み出す

⑥子供の大会や試合をたくさん見に行く

って感じで頑張っていこうと思う。

2025を振り返る

見事、なんの年越し準備もしないまま義実家に帰省して大晦日を迎えてしまった。今年はずっとこんな感じというか、とにかく落ち着きのない1年だったなあ。

思えば去年の今頃は、Qが中学受験直前で、まだまだとても志望校に合格するように思えなかった頃。蓋を空けてみたらなんなく合格して、ダブル卒業式、ダブル入学式を経てPが高校生になり、Qが中学生になり。思っていたよりだいぶ生活が変わった。子供らがそれぞれの生活を頑張ってくれているので、私の自分時間がとにかく増えた!子供のためにやらなきゃいけないことは、まだまだいっぱいあるけどね…

私も齢50を迎え、何か一段上った感じがある。象徴的なのが、突然決めた台湾行き。あれは、思い立ったらすぐに動ける自分を、その感覚を、取り戻した瞬間だったかもしれない。そこから一気にいろんなことが加速した。ライブも結構行けたし、飲みにも行った。楽しかったなあ。

個人事業もだいぶ新しいことに挑戦してきて、いつになく発展性のある1年だったと思う。いつも年末って「何もしてないうちにまた新しい年を迎えてしまう…」という感が強かったけど、今年は何かを成し得た気がする。気がするだけで、まだこの手には何もつかんでないけどね、みたいな。そんな1年だった。

ただ本当に家のことをやらなくなったというか…子どもたちが大きくなって、あまり私がやらなくて良くなったので、存分にさぼっていたら、何もせず年末を迎えることになった、というわけで。大掃除も年賀状も何もやってなーい。もう大掃除はオフシーズンにハウスクリーニング頼むわ…

言い換えるとこれ、主婦でもなく母でもない、私としての時間がたくさん確保できた1年でした、ということで。頑張ることは頑張ったし、思い残すことがないとは言わないけど、例年に比べて「今年は色々できたなぁ」と思えているし、かなりスッキリ感はあるので、良かったんだと思う。年賀状手つかずだけどね!(なんかもうやる気もなし…)

その分というかなんというか…来年がどうなるんだろうという部分が実は全然読めなくて、こういう年越しも結構珍しい。まあ、今年はすごく良かったと思うけど、勢いだけだったというか、実際すごく忙しかったし疲れたし体調も大きめに崩したことが数回あったので、そろそろちょっと落ち着いて、しっかり発展的なことをする方向にシフトしたいとは思ってますね…

おつかれ2025。来年もやったるでー。